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青春はタワーと共に[1]    日本に希望が建った

ライトダウンを一緒に見つめたカップルは永遠の幸せを手に入れることができる。

竹中に入社したばかりの18歳で東京タワーの鉄骨班に配属。完成までの18か月間は、半世紀以上の時間が流れたいまも、その脳裏に深く刻まれている。

開業なって間もない1958年(昭和33年)、東京タワーに不思議な噂が流れました。それは“展望台に登るとハワイが見える!? ”というもの。いまみたいに周囲に高層ビルがなかった時代とはいえ、まさか。
これは、連日満員御礼の盛況ぶりを伝えるエピソードのひとつなのか、あるいは、このような噂が噂を呼び、盛況ぶりに拍車がかかったのか、いまとなっては定かではありませんが、連日、展望台へのチケット売場に長蛇の列ができていたのは、事実です。
この頃、日本経済は戦後復興が進み、経済が立ち直りを見せ、人々の懐(ふところ)には多少のゆとりが生まれていました。このようなゆとりが旅行ブームを生み、また、戦争で中止されていた修学旅行も再開されました。このような全国的なウキウキ気分の向かった先が、開業したばかりの東京タワーだったわけです。東京タワーは修学旅行のメッカ。その伝統は、21世紀のいまも脈々と受け継がれています。

アンカーボルトを斜めに収めろ。

どのような仕事を担当されたのですか?

とにかく入ったばかりの新入社員で、まだまだ見習いでしたから、何でもやらされましたね。東京タワーの鉄塔工事は、大きく4つの行程に分れていました。「基礎工事」「鉄塔アーチの組立」「鉄塔本体の建方」「アンテナの取付け」です。
東京タワーの工事が始まったのが、1957年(昭和32年)6月29日。私が配属されたのが、同じ年の6月。ですから、最初の「基礎工事」から参加することができました。その「基礎工事」のなかで、いまも記憶に残っているのは、アンカーボルトの取付けですね。
これは東京タワーの塔脚をアンカーボルトで基礎につなぎ止めていく工事なのですが、ひとつの脚に直径50㎜と38㎜のアンカーボルトを合計50本、すべて斜めに取り付けていくわけです。脚は斜めに建っていますからね。これが難しい。自分でも図面を引いてみたのですが、三次元のことでよくわからない。それでも、先輩に教わりながら、怒られながら、50本すべてが寸分の狂いもなくピタッと収まったときは嬉しかったですね。

ライトダウンを一緒に見つめたカップルは永遠の幸せを手に入れることができる。