ある日、竹中工務店の営業部門に1件の技術提案依頼、すなわちコンペへの参加要請がもたらされた。案件は、防衛庁跡地を再開発し、首都を代表する立体複合都市を創出するというビッグプロジェクト。スケールの大きさや首都の“顔”となる事業の意義深さにメンバーの心は躍ったが、それは同時に、かつてない難題に対するチャレンジの始まりでもあった。
地下5階・地上54階、高さ240mもの建築物を創ることに対して、要求された工期は実質的に31カ月。通常なら、少なく見積もっても40カ月は必要だ。もちろん品質は、首都・東京を代表する建築作品にふさわしい高レベルなものが求められる。それは、全社をあげての総力戦で臨まないことには立ち向かえない壁だった。
すぐさまメンバーは、技術部門と打ち合わせを重ねてプロジェクト対応体制を構築していく。クライアントの担当者を技術研究所に招き、保有技術の高さを伝えて信頼感の醸成にも努めた。そして、竹中工務店はミッドタウン・タワーを含む計4棟の工区の施工と、他工区との施工上の総合調整業務(リードコントラクター業務)を担うことが決定した。
異例のスケジュールで工事を進めるためには、施工方法も前例にとらわれているわけにはいかない。作業所では、地下と地上の躯体を同時施工するという、難易度の高い施工法に挑むことを決めた。これは、約30mにもおよぶ地下全体の深さまで一気に掘削し、次いで作業基点となる地下1階本設床を構築。その後、地下では最下層階から上へ、地上は1階から上位階へと当時並行で躯体を構築する工法だ。従来の逆打工法よりも作業効率は格段に向上するが、資材供給や作業の段取りは複雑を極める。そこで建築施工スタッフを中心として関係者全員で綿密なコミュニケーションが図られ、工事は予定通り進んでいった。
ミッドタウン・タワーでは、外装パネルであるカーテンウォールの枚数も約1万枚と常識外れの多さだった。工期から計算すると、1日60枚の取りつけが目標となる。1枚あたりに許される作業時間はわずか15分だ。しかし、工事開始当初は目標に届かない日々だった。遅れは徐々に蓄積され、いつしか約1カ月分にまでおよんでしまった。巻き返しを図るメンバーは作業の事前管理を徹底し、パネルが搬入されるとすぐに作業に取り掛かれる段取りを整えた。空きクレーンの有効活用やパネルの生産段階にまで改善を行い、工事の合理化を進めていった。その結果、目標の60枚を通り越し、1日に102枚という驚異的な作業スピードを実現。一時は危ぶまれた工期内での工事完了を、無事に達成してみせた。
このほかにも、6棟からなる東京ミッドタウン全体を一元管理するネットワークシステムの導入や、意匠と設備との高い次元での融合など、難題はいたるところにあった。メンバーは誰もが、その1つひとつに真正面から取り組み、持てる力をすべて出し切っていった。その結果、31カ月という前例のない超短工期は、予定通りに竣工の日を迎えるにいたった。
プロジェクトに携わった人たちが口にする東京ミッドタウンの「異例さ」「すごさ」は枚挙に暇がないだろう。それらを乗り越え、実現へと導いたのは、彼ら・彼女らの作品に対する想いにほかならない。作業所所長としてメンバーを束ねた内村勝志は、プロジェクトを振り返って2つの「竹中工務店らしさ」に思いをはせる。
1つは、メンバーの誰もが、広い視野をもって状況を瞬時につかみ取り、自ら判断していく力を発揮していたということ。指示を受けて仕事をこなしていたのではなく、自ら考え、行動していたのだ。もちろん、誰もが最初から高いレベルで実践できていたわけではない。ときには失敗しながらもチャレンジを重ね、自らを高めていっていたのだ。
もう1つは、「プロ意識」だ。内村の考えるプロとは、見えないところにまで手を打てる人のこと。「人に見えないものに気づき、発言し、行動する」というプロの条件をメンバーたちが満たしていたからこそ、ビッグプロジェクトを遂行できたと考えている。
内村が指摘した2つの要素。それは、匠の心、すなわち棟梁精神と言い換えることができるだろう。日本全国はもとより、世界中から熱い視線を集めている東京ミッドタウン。そこで人々が建物や施設を通して目にし、触れているものは、竹中工務店に脈々と受け継がれている棟梁精神そのものなのだ。























