DESIGNWORKS Vol.34
7/36

   病院地理学とはどのような考え方ですか。富永 本を読まれるのがよいのですが、病院は切実な機能を果たす必要がある場である一方で、ある種の地形的な環境でもある。本来的には、施設というのは人工環境ではあるが自然の地形のようなものとして、人間が入っていくとその場所としての振る舞いを理解し解釈していくように作られるものだということです。建築というのは行動や体験を方向付ける規範性を持ってしまうけれども、一方で人間には自発的に場所を解釈する能力みたいなものがあって、例えば福祉施設でも入ると与えられた環境を解釈していってだんだんなじんでいく。もとから備わったニーズがあるというのは自明ではない。どのように振舞うべきかは地形の情報から与えられる。しかし、病院建築は一つの機能を果たす最高能率の道具のようにつくっていました。   病院の建築では、機能と空間を一対一で対応させようという要望が、関係者の間でも強い気がします。富永 病院を経験する患者にとっては、必ずしも機能と空間が一致していないんですよね。共同生活室という名前の部屋があっても、廊下は広く、くつろいでいる人もいます。廊下の幅員は非常時の状況から制度的にも一様に決まっていて、そこにチャレンジするのは、リスクのあること。ただやはり、設計者の立場としてはあらかじめ箱型建築の治療機関として制度化されていくことには問題があると認識していくべきだと思います。北欧の施設の場合は患者を主体として考えるという点で、学ぶところがある。効率性だけを追求していくことの危険性が十分あって、そこにある種のモラルみたいなものが必要になってくると思います。   最後に、設計施工を一貫して行うという竹中工務店の現在の取り組みと可能性について、コメントを頂けますか。富永 今回実際に見せて頂いて、できた建物のレベルはすごく高いなという感じを受けます。全体的なバランスのとれた目配りが効いているし、材料に関しても経験や知識があって的確に選択されている。ある種の綺麗だなという感じが皆する。ただ、そうじゃないものもあるのではないかと。今の若い人のデザインでも、皆何か綺麗で、小洒落ている。写真を撮ると映える。ただハートがない感じがする。どういうことを大切に主張しているのかがなくて、ある種のデザイン界で流通しているもののハイレベルを目指しているように思えます。少し違った材料を試してみるとか、ヤンチャをしてみる、そういうことが許されていないのかな。ある種のレベルの高さと、一方で一つの均質化というものも感じます。リスク管理社会になってきたのでしょう。モダニズム初期の2,30年間、1970年くらいまでは健全な発見があって、そのときに人間性に訴えかける良いものができている。それがあるレベルに達したところで、それを守っていくというか、間違えたくないという感覚が出てきた。でも、新しい材料や形式にトライしたりすることも、10分の1くらいはあって波乱含みのほうが全体にもよいのではないかと思います。   本日はどうもありがとうございました。(聞き手:高木利彰・関谷和則・渡辺豪・垣田淳・松原祐美子)※1 PCプレキャストコンクリート。工場で製作したコンクリートを現場で組立てる工法で用いる。※2 パンテオン紀元前25年、ローマ市内に建造された神殿。※3 メディカル・フィットネス1995年に改正された医療法第42条の規定により、医療法人が疾病予防のための運動施設を併設できる制度。医師の管理のもと健康運動指導士等が正しく安全な運動を指導する。※4 エンゼル病院2002年竣工の産婦人科病院。富永讓・フォルムシステム設計研究所設計、竹中工務店施工。2004年医療福祉建築賞受賞。敷地一帯に増築が現在も続けられている。※5 八幡厚生病院2014年竣工の精神病院。富永讓・フォルムシステム設計研究所設計。※6 シュタインホーフウィーンにある精神病院で、同名の教会が付属する。1907年竣工。オットー・ヴァーグナー設計。※7 外山 義(とやま ただし)建築家、建築学者。スウェーデン王立工科大学で建築を学び、東北大学、京都大学で教鞭を執った。高齢者ケア施設の設計を多数手がけた。※8 病院地理学建築計画学の研究者である長澤泰氏 (工学院大学理事、東京大学名誉教授) らが提唱する、建築計画の考え方。富永 讓(とみなが ゆずる)/建築家・法政大学名誉教授1943年 台北市生まれ1967年 東京大学工学部建築学科卒業1967-72年 菊竹清訓建築設計事務所勤務1972年 フォルム・システム研究所設立1973-79年 東京大学建築学科助手1975年- 日本女子大学住居学科講師1986-88年 東京大学建築学科講師1987-92年 東京芸術大学建築学科講師1988-01年 武蔵野美術大学建築学科講師1991-94年 早稲田大学建築学科講師2002-14年 法政大学教授2014年- 法政大学名誉教授著書 『富永讓・建築の構成から風景の生成へ』 (鹿島出版会、2015) 『吉田五十八自邸/吉田五十八』 (東京書籍、2014) 『現代建築解体新書』(彰国社、2007) 『ル・コルビュジエ 建築の詩』 (鹿島出版会、2003) 『建築家の住宅論 富永讓』 (鹿島出版会、1997) 『SD特集 富永讓』(鹿島出版会、1990) 『ル・コルビュジェ 幾何学と人間の尺度』 (丸善株式会社、1988) 『近代建築の空間再読』(彰国社、1986) 『現代建築 空間と方法』 (同朋社出版会、1986)Interview05

元のページ  ../index.html#7

このブックを見る