DESIGNWORKS_42
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Interview04アプローチし、健康を高めていくというアプローチです。しかし、それは必要ですが十分ではありません。全体としての底上げをしていくことが重要だということで「ポピュレーション・アプローチ」という考え方が注目されました。例えばイギリスの公共交通の仕組みの研究ですが、高齢者に無料のバスチケットを配布すると、生活が便利になるとともに、外出する頻度が増えることで、うつ症状や孤独感が軽減し、結果健康につながる効果があったという論文があります。バスチケットの配布はコストがかかりますが、健康な人が増えることで社会保障にかかるコストを抑えられます。社会全体でのコストバランスを計算すると、公共交通機関の利用料を見直したほうが良いことがわかり、それが政策として実施されようとしています。このようなことが「ポピュレーション・アプローチ」という考え方で、イギリスでは特に進んで取り組まれています。   そのような動きを、我々のまちづくりや建築へどのように展開することが可能でしょうか。花里 まず、まちづくりの視点でいうと、非常にうまくいっているのはニューヨークの取り組みです。特に廃線を活用したハイラインパークは周辺地域の変化も含めて大変魅力的な価値を生み出していると思いますが、このようなものが出来上がる背景には、「アクティブデザイン」という考え方が大きく影響しています。その考え方は、ニューヨーク市の建設局と公衆衛生局が共同で2010年にまとめた「アクティブデザインガイドライン」に結実し、その後ニューヨーク市内の多くの建物で展開されています。日本国内では国土交通省が「健康・医療・福祉のまちづくり推進ガイドライン」を出していますが、まだ十分に活用されてはいない状況です。次に、建築的な視点での展開を考えますと、「ソーシャル・キャピタル※7」との関連に注目しています。これは社会関係資本と呼ばれ、人と人とのつながりの強さと言い換えることができます。近年、人と人とのつながりが健康に与える様々な影響に関する研究が蓄積されてきています。日本では次の3つの要素に分解されています。1つは「市民参加」で、地域内でのボランティア活動や老人会、趣味の会やスポーツの会などへの参加の度合いです。もう1つは、「地域連帯」で、自分の住んでいる地域への愛着や、互いの信頼感などの地域とのつながりの度合いです。最後の1つは「互酬性」といって、人々の助け合い、サポートの授受の度合いです。これら3つの要素は現代社会において一部失われているところもあるでしょうが、それをもう一度再構築していく必要があるのではないかと考えています。その中で、建築でも関与できる部分があると思います。例えば、アメリカで行われた、高齢者が住む玄関のつくられ方を調べた研究があります。雨を避けられる玄関ポーチがあるもの、窓が玄関に直接面しているもの、1階が駐車場で2階に玄関があるタイプなど、玄関の種類を6つに分けました。玄関の構成の違いと、住人の健康の状態を調査すると、興味深い結果が得られました。ポーチなど、住宅内外の中間領域が玄関につくられている住人は近所の人たちからのサポートを受けやすくなり1年後に心理ストレスが軽減され、2年後に身体機能が低下しにくかったことが示されています。つまり、中間領域を適切にデザインすることで、地域の人々の健康に寄与できる可能性もあるのではないかと考えています。   本特集では教育施設も扱っておりますが、健康の視点からの考えをお聞かせください。花里 高齢者の健康と若年者の健康とは目標が変わってくるように思います。「建築®」の3つの観点で考えると学校においては、「交流」が重要なキーワードになるのではないかと思っています。ラウンジのような仲間たちで集まれる空間があるのとないのとではまったくコミュニケーションの形成の仕方が変わってくるでしょうし、またそれぞれの場所の細やかなデザインによって教師と生徒の関係の構築の仕方が影響を受けるのではないかと思います。教育施設では、交流の観点から空間をつくり上げていくことが重要になってくると思います。もうひとつ重要なことは、「健康のライフコース・アプローチ」という考え方があります。それは、私たちの現在の状況は、自身の力だけでかたちづくってきたものではなくて、親から引き継いでいるという考え方です。私たちの教育歴は、親の教育歴の程度に少なからず影響を受けています。つまり、親が低所得状態にあるなど、社会的に困難な状況にある場合、その子にも大きな影響があります。充分な教育を受けられると健康に良い生活習慣を送りやすくなります。つまり、目の前に不健康な人がいた場合、その責任をその本人だけに問うことはできません。健康は個人の責任だけとは言い切れません。学校、特に義務教育では、多くの方が受ける基礎的な教育がなさ住宅内外の中間領域である縁側を現代住宅にデザインした例写真:花里真道ハイラインパーク写真:花里真道

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