Interview05PANEUM 外観写真::小見山陽介建築の規模や地域によって適した木質材料があるはずなので、CLTだけが選択肢になるという状況は本来望ましくありません。木造・木質建築の実績を多く持つ企業がそれを活かし、それぞれのケースに適した素材を提言することは、これからの木質材料の発展につながると思います。 建築構法全体は、今後どのように変化していくと思われますか。小見山 「ハイブリッド」がキーワードのひとつになると思います。実際、フランスはパリ五輪に向けて、公共の建物は構成材料の50パーセントを木質化することを目標にしていますね。再木質化という概念がありますが、これは元来木でつくられていたものが他の素材に置き換わり、さらに木に戻るという現象です。私はもともと西洋建築史を専門としており、19世紀のイギリスで既存の納まりのうち素材だけが木から鉄に置き換えられたために生まれた、建築ディテールと素材特性の齟齬に注目して研究をしていました。このようにもともと木だったものが鉄に置き換わった後のイギリスで、現代では鉄が木に置き換わるという再木質化の流れがあります。材料が繰り返し入れ替わってきた歴史的経緯を考えると、材料が変わるだけではなく、混ざることもありうると考えています。今は木の技術が新しく現れたために全てを木で構成することがスマートなように思えますが、この先は木とその他の材料が混ざっていくのではないでしょうか。私自身は、木が豊富にある時代でもそうでない時代でも活用できる、適宜入れ替えることが可能な木構法を見据えて研究をしています。PANEUM 内観写真:小見山陽介 これからの建築に最も適した構法というものはあるのでしょうか。小見山 正しい建築のつくり方を追い求めても、それは時代や場所、政治によって異なるので答えはないんです。そうではなく、建築そのものの魅力に基づいて建築をつくることが一番重要だと考えています。タクマビル新館を例に出すと、表しになっているCLTはほとんど構造的に機能していなくて、逆に構造的に機能しているCLTは隠れています。ではそれは無駄なのか、倫理的に間違っているのかというとそうではないですよね。CLTをCLTらしく使うというこだわりに縛られると使い方が限定されてしまうし、豊かな空間を生み出すことができれば使い方を制限する必要はないと思います。オーストリアにはパンをこねたような形をした建築「PANEUM」があります。これはコープ・ヒンメルブラウ設計の博物館で、パンにまつわるコレクションが展示されています。このプロジェクトでは、初めはRC造や鉄骨造が検討されていたものの自由曲面形状をつくるのが難しく、最終的に600㎥のCLTを削りだしたものを積層してこの形態を実現したそうです。それを聞いたときはほとんど狂気的だとすら感じましたが、実際に訪れてみると内部に3次元曲面が広がる木の洞窟のような空間に圧倒されてしまいました。CLTとはどのように使うべき素材かということに縛られていると絶対に思い浮かばない方法ですが、木でしか実現できない空間をつくることができるなら、それもひとつのCLT建築のあり方ではないでしょうか。私自身、何の原理主義者にもならないという(聞き手:米正太郎・浮田長志・奥村崇芳・原康隆・ 田原迫はるか)※1 秋吉浩気氏が主宰するVUILD 株式会社では、デジタルファブリケーションを駆使した設計・施工や、気軽なデジタルファブリケーション利用を支援するデジタルツール「EMARF」の開発など、デジタルテクノロジーによって建築産業の変革を目指す様々な取り組みを行っている。※2 平田晃久建築設計事務所による太田市美術館・図書館では、基本設計段階で市民とのワークショップを開催し、案を方向づける重要な決定を行なう議論の場とした。※3 まちと森がいかしあう関係となる地域社会を実現するため、まちづくり・森づくりのプレイヤーたちが、共に学び、行動を起こす活動体である「キノマチプロジェクト」の取り組みを発信するウェブサイト。小見山陽介 (こみやま ようすけ)/建築家・京都大学大学院工学研究科建築学専攻 講師2005年2005年2006年東京大学工学部建築学科卒業AUSMIP派遣交換留学生(ミュンヘン工科大学)AUSMIP派遣交換留学生(パリ・ラ・ヴィレット建築大学)東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了Horden Cherry Lee Architects(ロンドン)勤務株式会社エムロード環境造形研究所勤務東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程単位取得退学京都大学大学院工学研究科建築学専攻助教京都大学大学院工学研究科建築学専攻講師株式会社エムロード環境造形研究所技術顧問20072007-14年2014-17年2017年2017年2020年2020年主な作品榛名神社奉納額収蔵庫+ギャラリー(2017)松尾建設佐賀本店 (2018)MK10 Mobility (2021)主な著書 『建築情報学へ』(共著)(millegraph、2020) ことをいつも意識しています。新しい技術を突き詰めることが正解だとする人もいれば、木材だけで建築をつくることが正しいと考える人もいます。けれど、建築設計の一番の目的はよい空間をつくることであり、そのときどきで必要なつくり方を選択すること、それが何よりも重要だと考えています。 木造・木質の枠にとどまらず、構法を通して建築と社会の行方を考えるきっかけになるお話でした。本日はどうもありがとうございました。
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