02Interviewサントリー天然水 北アルプス信濃の森工場写真:興津俊宏『パブリック空間の本』書影できるということはすごく大切だと思います。 計画当初から、この工場がどのようなかたちで地域を豊かにできるか、ということをディスカッションしてきました。小泉 これまでは、場が持つ性能というものを単純な指標ではかることができたと思います。より収益を上げられる施設がより正しい、という風に。ただ、最近になって経済性や環境性能だけで建築の価値は測りきれなくなってきたのではないかと感じます。環境配慮にしても、省エネ性能の優劣だけではなく、例えば快適性や知的生産性も重要になってきています。指標が単純であると設計者としてはやりやすいし、できあがったものは鮮やかに見えるかもしれないけど、そのためにこぼれ落ちてしまうものがたくさんあるということを我々は認識しないといけません。多様な指標で建築のあり方を考えなければいけない社会になっていく中で、今回視察した信濃の森工場では、様々なストーリーが想定され、多様な価値観を垣間見ることができ、好感を持ちました。コミュニケーションを誘発する場の重要性 多様な価値観を受けいれていく時代において、建築の役割として何が重要になるのでしょうか。小泉 9年前に、今村雅樹さんと高橋晶子さんと共著で『パブリック空間の本』を出版しました。建築は本来とても社会性の高いものです。我々は建築における公共性を持った空間の重要性を感じ、それを「パブリック空間」と名付けて論考を行いました。その空間のパワーというかポテンシャルのようなものを、改めて考えようという趣旨でした。パブリック性を持った空間というのは、「行政がつくった空間」か、「開かれた空間」か、あるいは「多くの人に関連するコモンの空間」である。この3つまではとある政治学者の書籍から引用しながら定義しましたが、我々はそれにもうひとつ、「人々をつなぐ、コミュニケーションを誘発する空間」という定義を加えました。そしてパブリック性を持った空間を「つくられ方」と「使われ方」の2つから分析していきました。「つくられ方」というのは「つくり手が行政か民間か」などと分かりやすいですね。加えて「使われ方」という視点を持ち込んだのは、「こんなことをやりたい」という使い手側の意志が皆さんの中に共通にあり、それが場をかたちづくると考えたからです。例えば、どこかに行く際、誰かが踏んだ跡の方が歩きやすいからその経路が皆に少しずつ踏み固められて、獣道になり、道になっていく。「行き交う」という行為から導き出されたパブリック空間なわけです。ビルディングタイプではなく、その場所がどのように使われるかという視点で公共性を持った空間を捉え直そうとしたわけです。他にも「佇む」という行為は、歩き疲れてちょっと立ち止まりたいという素朴な欲求の表れですが、そのために誰かが何らかのサービスを提供すると、それが公共空間になっていく。社会性の高い建築をつくっていく上では、一義的な定義に収まらない、様々な使われ方を受け止められる器をつくり、人々のコミュニケーションを誘発していくことが重要なことだと感じます。 コロナ禍以降のパブリック空間の変化について、どのようにお考えでしょうか。小泉雅生氏に聞く人々をつなぐサステナブル建築小泉 信濃の森工場では建築の品質に留まらず、働く人の環境や地域の人々にとっての施設のあり方などが多元的に考えられ、非常に高いレベルでひとつの建築としてまとめられていることに感銘を受けました。地域にとっては雇用創出が直接的なメリットではあるだろうけれど、ビジネスとしてのお金のやり取りだけではないと思うんです。単なる経済活動を超えた価値を企業と地域が共有できることが、求められつつあるのではないでしょうか。この工場では、緑地の保全や小川の活用など、建築以外の部分も含め、地域にとっての価値とは何かが丁寧に考えられ実現されていることは特筆すべきです。地域の人に愛される建築って、そういうものだと思うんですよね。昔、私がバーリという南イタリアの港町にレンゾ・ピアノ設計のスタジアムを見に行ったときのことです。タクシーの運転手に「スタジアムまで行ってくれ」と伝えると「おお、レンゾ・ピアノか」と鼻高々に言うわけです。彼らにとって、地域の誇りであるスタジアムに遠い国から旅行者が訪れるのは非常に嬉しいんですね。そのように地域の人に愛される建築が本号は「開かれた場を創出する」をテーマに、様々に“開く”ことが試みられた建築をビルディングタイプを限定せず特集しています。東京都立大学教授であり建築家の小泉雅生先生には、「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場(以下信濃の森工場)」を視察していただき、“開かれた建築”のあり方についてお話を伺いました。 視察いただいた感想をお聞かせください。Interview
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