DESIGNWORKS_56号
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Interview05でなく、一人ひとりが多技能工のように、これもできるあれもできる、いろいろなことをカバーしているという社会にシフトしていく必要があるはずです。 20世紀までは、建築作品至上主義のような雰囲気がありました。作品としての完成度が高ければ、完成後の維持管理も含め、どれだけ大変なことがあろうがその作品の価値は揺るがない、という考えです。そういった価値観とは少し違うところに行きつつあるし、行かなければいけないと感じています。そもそも、人生の中に色々な役柄がある方が楽しいですよね。例えば、そろそろ定年退職となると、「第二の人生を」という話になるじゃないですか。その考えに至るということは、やはり皆、ひとつの人生だけでは満足していないからです。今みたいにひとつの役割しか与えられないと、人間って萎縮してしまうのだと思います。でも、あれもこれもやらなきゃいけないとなると、やりがいや居場所が自然と生まれてきます。   「多様な役割」は、現代社会のキーワードのひとつですね。小泉 ダイバーシティという言葉を用いて、現代は価値観の多様化が進んできている、とよく言われます。しかし多様化してきたというよりは、本来多様だったはずの価値基準が、ここしばらく単純化されすぎていたのではないかと思います。『環境建築私論』では、副題を“towards a new modern architecture”としました。コルビュジェの“towards a new architecture”に”modern”を付けたのです。大きな歴史の流れの中で捉えると、近代はそうした価値観の単純化が進んだひとつの重要な時代でした。しかし、本当にその価値観は絶対視できるものなのかと、一度疑ってみる時期なのではないかということを言いたいわけです。この本をまとめるまでには7年ほどかかりました。なかなか筆が進まないうちに社会状況が変化してしまい、その変化に合わせて内容を更新することとなり、ずいぶんと時間がかかってしまいました。時代の流れがいかに早いのかを痛切に感じています。社会に開かれた設計組織を目指して   設計者は、今後社会に対してどのように仕掛けていくべきでしょうか。小泉 建築の技術者やデザイナーは、いろいろな能力をもち、ポテンシャルがとても高い職業だと思うんです。設計技術もさることながら、経済性や社会的な知見も持ち合わせつつ、会話やビジュアルでのコミュニケーション等、たくさんの能力をフルに活かして建築をつくっています。そういった意味でも、広い視野と横断的な視点を持たなければいけないこれからの社会において、一番期待される職能なのではないでしょうか。これからもできること、やるべきことはたくさんあるという意識をもって、各々がさらに視野を広げ積極的に領域を横断していく。そして、その姿を社会に示すことが重要ではないかと思います。   竹中工務店に対して感じられていることを一言いただけますか。小泉 設計と施工が一括でできるというのはやはり面白いことだと思います。設計しかしません、施工のことは考えませんというより、(聞き手:関谷和則・鈴晃樹・鎌谷潤・原康隆)小泉 雅生 (こいずみ まさお)/建築家・東京都立大学大学院 教授1963年1986年山口県生まれ東京大学工学部建築学科卒業シーラカンス・一級建築士事務所設立東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了シーラカンス・アンド・アソシエイツ(C+A)に改組東京都立大学大学院助教授小泉アトリエ設立東京都立大学大学院 教授・博士(工学)1988年1998年2001年2005年-2010年-主な作品「千葉市立打瀬小学校」 (1995年、日本建築学会賞作品賞)「吉備高原小学校」 (1998年、BCS 賞)「戸田市立芦原小学校等複合施設」 (2003年、彩の国景観賞)「千葉市美浜文化ホール・保健福祉センター」(2007年、公共建築賞)「象の鼻パーク・象の鼻テラス」(2009年、AACA 賞)「港南区総合庁舎」(2017年、JIA 環境建築賞)「横浜市寿町健康福祉交流センター」(2019年)「JR 関内駅北口就労支援施設」(2020年) 主な著書  『環境のイエ』(学芸出版、2010年)『パブリック空間の本』(共著、彰国社、2013年)『住宅設計と環境デザイン』(オーム社、 2015年)『クリマデザイン−新しい環境文化のかたち』(鹿島出版会、2016年)『環境建築私論』(建築技術、2021年)設計施工を一気通貫で見られて、かつ研究開発のスタンスもあるゼネコンで建築をつくるというのは、とても可能性があるポジションなのではないでしょうか。さらに領域を横断しながら、これからの社会の建築をつくり続けてもらいたいですね。 また、組織としても個人としても、その高いポテンシャルを社会へ開いていってほしいと思います。研究開発力や設計技術力をオープンにするマインドは、社会の、引いては企業自体の価値を上げることになるでしょう。例えば、若手の建築家と竹中工務店設計部でコラボレーションをするなどというのにも取り組んでいただければと思います。私も、竹中工務店と一緒に環境設計をやれたらいいと思っています。   本日はどうもありがとうございました。

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