• 事業活動と環境
  • 地球環境憲章
  • 環境推進ガイドライン
  • 環境マネジメントシステム
  • 環境会計
  • 活動の経緯

竹中の”サステナブル・ワークス” 〜新コンセプトの誕生〜

環境配慮建築の系譜
「真の豊かさ」を求めて
PHOTO/クリスタルタワー
クリスタルタワー
はじめにまず竹中の環境配慮建築の系譜をたどっておこう。竹中では1998年から自社の環境配慮建築を「竹中グリーン建築」と呼んできた。この呼称は当時の建築界における国際運動だった、「グリーン・ビルディング・チャレンジ」と歩調を合わせたものである。だが、むろん環境配慮建築の歩みはそれ以前から始まっており、「竹中グリーン建築」のみなもとをたどると、1971年に始まった「設計に緑を」という運動に行き着く。この「緑」は建築や都市の緑化を指しつつ、同時に「精神的な豊かさや、心を癒すもの」をも意味していた点で先駆的だった。当時の作品にはその反映が見られる。たとえば低層部に緑に覆われた巨大アトリウムをもつ、1972年竣工の「大同生命本社ビル」などがその好例だった。
PHOTO/アクロス福岡
アクロス福岡
しかし翌1973年になると、世の中はこの年に起きた石油危機のあおりで省エネ一色に染まる。竹中も世界経済全体を襲ったこの衝撃と無縁ではなく、建築物における省エネ技術の開発に多大の努力が費やされた。それらを集大成して1990年に竣工したのが、大阪の「クリスタルタワー」である。敷地の85%を緑地としたこの作品は、氷蓄熱など現在でも見劣りしない省エネ技術を導入していた。その直後に、今度は日本でバブル経済が破綻する。建築に関していえば、それははからずも「スクラップ&ビルド」の終りをもたらすことになった。社会全体で見ても、大量生産・大量消費による「使い捨て文化」は終り、「真の豊かさとは何か」が問い直されていた。お客様においてもそれは顕著な傾向で、地球環境や地域社会に配慮し、かつ建物のロングライフ化を目指す考え方が高まってきた。1995年竣工の「アクロス福岡」は、お客様のそうしたご意向に沿って階段式屋上に植栽を行い、都市のオアシスとなることを目指した作品である。いまその樹木は成長して隣接する公園と一体化し、市街地に潤いある緑の景観を添えている。
NEXT
レポート本編へ