コラム

左から、設計担当:大石、山崎、施工担当:那良、構造設計:濱田
左から、設計担当:大石、山崎、施工担当:那良、構造設計:濱田

「森になる建築」 革新的な3Dプリント施工への挑戦

竹中工務店「森になる建築」設計・施工チームインタビュー

2025.1.16

竹中工務店は、2025年大阪・関西万博の会場内に休憩所として「森になる建築」を施設提供しています。「生分解性樹脂を構造材として一体造形した、世界最大の3Dプリント建築」となる施設の施工について、設計と施工の担当者に話を聞きました。

PROFILE:(2025年1月現在) 施工メンバー (株)竹中工務店 大阪本店技術部 那良 幸太郎 2011年入社、2012年より大阪本店・神戸支店作業所、2014年より大阪本店技術部、2016年より社命留学、2017年よりアメリカ竹中、
2019年より大阪本店作業所、2020年から大阪本店技術部、現在に至る。
設計リーダー(株)竹中工務店 大阪本店設計部 山崎 篤史 2007年入社、2008年から広島支店設計部、2012年より大阪本店設計部、現在に至る。 設計メンバー(株)竹中工務店 大阪本店設計部 大石 幸奈 2017年入社、2018年より大阪本店設計部、現在に至る。 設計メンバー(株)竹中工務店 大阪本店設計部 濱田 明俊 2009年入社、2010年より大阪本店設計部、2015年より技術研究所、2017年より大阪本店設計部、現在に至る。 *部署名・役職・インタビュー内容は2025年1月現在のものです。

3Dプリント建築の施工計画と実践

3Dプリント建築の施工計画において、従来の建築工事と異なる点は何ですか?

メンバーへのインタビュー風景

那良:施工計画自体は通常の建築工事と同じ流れになります。更地があり、工事エリアを設定し、事務所を配置、必要な重機や資機材の置き場所を決める、このような計画の骨格は従来と変わりません。
その上で、3Dプリント建築ならではの特殊性も考慮する必要がありました。当初は離れた別の場所で建物を製作して現場に移動させる計画でしたが、最終的には現地での直接施工に変更しました。その結果、気象条件を考慮した工事計画として3Dプリント工事の現場を覆うテントの設置が不可欠となりました。

3Dプリンタを使った建築施工は前例のない取り組みだと思いますが、具体的にどのような施工方法だったのでしょうか。

那良:3Dプリント建築の大きな特徴として、ロボットアームは一度設定すれば24時間休みなく稼働し続けるという点があります。しかし、予期せぬトラブルに備えて、3Dプリントの専門業者にはシフトを組んでもらい、常に誰かが現場に常駐する体制を整えていました。
この自動化された作業と並行して、建築工程には人の手による作業も不可欠でした。例えば、仮設の金物取り付けは建築作業員が日中に行う必要があります。そのため、24時間稼働するロボットと日中働く作業員のスケジュールを調整する必要がありました。
毎日、3Dプリント業者と協議し、「このタイミングでロボットを一時停止して掃除をし、造形を再開すれば、朝になったときにちょうど作業員が金物を取り付けられる」といった具合に工程を調整していました。これは最先端のロボット技術と従来の人の手による作業のコラボレーションであり、現場ではこの調整作業に多くの時間を費やしました。ハイテクと人力の融合は大変な面もありましたが、新しい建築のあり方を示す重要なプロセスでした。

3Dプリントでの施工風景

天候対策とトラブル克服

天候対策など、現場での苦労も多かったのではないでしょうか。

那良:雨対策には苦心しました。プリンタは雨に弱いため大型のテントが必要ですが、テントの設置タイミングが難しかったです。クレーンでプリンタのロボットアームを据え付けてから、テントを設置しますが、その間に雨が降ってしまうとロボットアームが故障してしまいます。しかし、テントを先に設置しその中にロボットアームを入れようとすると、屋根があるため、クレーンでの据え付け作業が物理的に困難です。
そこで、横にテントを組み立てておいて、ロボットアームを据え付けた後、テントをスライドさせるという方法を考えました。側面は開いているけれども屋根はできているので、ロボットアームを据え付けた後30秒ぐらいでテントを引けるようにしました。これにより天候に左右されずに工事を進められたのが、非常に良かったと思います。こういう計画は一般的な現場ではあまり見られません。

ロボットアーム設置

実際に施工を進める中で、予期せぬトラブルなどありましたか。

山崎:突発的な停電などが起きると機械が故障してしまうリスクがあったため、2024年の夏、実際に台風が接近した際に計画的に電源を遮断し、3Dプリント作業を一時中断する判断をしました。
現場には2台のプリンタ機械があったのですが、それまでも1台は常に調子がよくありませんでした。その台風の対策も加わった際、建築物に割れが生じてしまったのです。その後、那良さんから緊急招集がかかりました。

那良:割れは想定していましたが、思いがけないところに割れが発生してしまいました。構造上問題があるかなどを濱田さんに確認してもらい、チーム全員で検討していたちょうどその時、現場視察に訪れていた副社長から「疾風に勁草を知る」(しっぷうにけいそうをしる)という言葉をかけていただき、チーム全員の結束力が一気に高まった記憶があります。

山崎:「疾風に勁草を知る」という言葉は「激しい風が吹くことで初めて強い草が見分けられる。困難や試練のときにこそ、人の本当の強さがわかる」という意味です。
私たちはこの言葉に励まされ、困難に直面した際も決して諦めることなく、やり直しの計画を立てました。チーム一丸となって、現場監督、技術者、プリンタオペレータ、それぞれが専門性を活かしながら、問題解決に向けて取り組みました。

インタビューの風景

未来への展望

現地の実物でも検査が行われたと聞いていますが、品質管理はどのように行われたのでしょうか。

濱田:万博期間中という期限つきの建物ですが、人が入る建築物なので、鉄骨造やRC造で実施するような検査は当然行っています。ただし、3Dプリント建築特有の検査方法については、既存の基準がなかったため、独自に基準を設ける必要がありました。これまでの技術開発で得られた知見を基に、「このようにすれば図面通りの品質が確保できる」という品質管理要領を技術開発チームとともにゼロから構築しました。その内容を審査機関に提出し、「これで適切に管理します」という承認を得た上で施工を進めました。
しかし、全く前例のない中で基準値を設定しているため、実際の施工中に「基準値を少しでも超えてしまった場合にどう対応すべきか」といった判断を求められることがありました。このような未知の領域で判断を迫られる場面の連続が、3Dプリント建築の現状です。
既存の建設工法とは異なる新しい技術を用いる際の難しさは、こうした基準づくりから始まる点にあります。しかし、これらの経験の積み重ねが将来の3Dプリント建築の土台づくりにつながっていくのだと考えています。
今回のプロジェクトでは、出力完了後に載荷試験を実施し、所定の構造性能を満足することを確認し、晴れて躯体部分の完成となりました。

今後の課題や展望についてお聞かせください。

那良:恒久建築への適応も見据えると、補修技術の確立が課題です。また、建設業法上の位置づけも明確にしていく必要があります。一方で、この施工方法は非常に可能性を感じています。特に、従来の職人技術と最新技術の融合という観点で、新しい建築の在り方を示せたと思います。実際、現場では熟練の左官職人とプリンタオペレータが協力して作業を進める場面も多く、そこに未来の建築施工の姿を見た気がします。

最後に、このプロジェクトの意義をどのように考えていますか。

那良:施工という観点から考えると、3Dプリント技術は実に多様な可能性を秘めていることを実感しました。同時に、これまで鉄とコンクリートが、美しい形状を効率的に作り出せるという点も含めて、いかに便利な建築材料だったかということも改めて痛感しています。
しかし、今回新しい材料である「酢酸セルロース樹脂」へのチャレンジができました。これは私個人としても大きな経験でしたし、竹中工務店としても、革新的な取り組みに挑戦できたことは非常に価値のあることだったと思います。
もう一つ興味深い発見があります。一般的に、ロボットによる施工や3Dプリンタというと、どこかドライで無機質な、近未来的なイメージがあります。しかし、実際に施工してみると、意外にも非常に血の通った、人間味のある施工技術だと感じました。
新しい技術だからといって敬遠するのではなく、伝統的な職人のノウハウと融合させながら発展させていくことで、新たな施工技術として確立していく可能性を強く感じました。テクノロジーと職人技の融合こそが、建築の未来を切り拓く鍵なのかもしれません。

大阪・関西万博に来場されるお客様だけでなく、今回のコラムを通じて、建築の新しい可能性を知っていただけるいいですね。本日はありがとうございました。

完成した森になる建築

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