食と建築
01食と建築
普段私たちが口にする食は一体どこからきているのでしょうか。都市の中で暮らしている私たちが購入する商品棚からは、生産とともにあった人々の暮らしや地形、地質、気候がはぐくむ農作物や加工物の風景を想像することはできません。
しかし、本来暮らしと食の生産は地続きだったはずです。20世紀の産業革命により、農村の共有地での「囲い込み」が行われ、田畑や共有地が羊毛などの工場に変えられ、さらに都市部で働くために人口が流出したことで、大多数の人が食生産から手を引き、暮らしから食の生産は分断されてしまいました1)。世界大戦後には、大量生産のためのトラクターや農薬、遺伝子組み換えなどの技術革新が次々に進められていきました。こうした人々の暮らしの変化や食の産業化やグローバル化は、食糧の安定した供給を促した一方で、食の生産背景をブラックボックス化してしまいました。
そうした食の生産背景を建築の視点から捉え直すため、学生時代、イタリア、ミラノへ留学し、スローフード運動が保護する伝統食の生産の場を調査しました。
そこでは、さんさんと降り注ぐ太陽の下で育てられるレモンを支えるパーゴラや、冷気からぶどうを守る象徴的なパーゴラの石柱、眼鏡が曇るほどの湿度の中で生ハムにカビを生やすための発酵・熟成室など、自然を活かして食を生産するための建築がありました。そうした建築は集落で知恵となり、地域に反復することで風景をつくっていました。
02フードスケープ
そうしたイタリアの調査に、日本の伝統食の調査を追加し『Foodscape フードスケープ:図解 食がつくる建築と風景』をまとめました2)。
人々は、水、土、火、空気といった自然を活かしながら採取した植物や動物の原材料を加工し、状態変化を促すことで食をつくってきました3)。食の生産は原材料が食べ物になるまでの“材料の変化”の連続であり、その間に加工の手順として“工程”にわけることができます。
食の工程の中には、枝とレモンの果実を支持するパーゴラや、柿を吊るして乾燥させる干場のように、原材料を一定の位置に固定し、地域の自然である光、熱、風などを加工する資源として活用するための建築があります。(本書ではエコロジカル治具と呼ぶ)こうした事物の連関を促す建築は、地域特有の形や素材、寸法体系を持ちます。
工程が各地域の光・熱・風・雨などの自然や地形、地質の中に適材適所に配置されることで、つくられる風景をフードスケープと呼ぶこととします。
こうした自然を活かす食の生産のための建築を基点に、フードスケープを再考できるのではないかと考えました。
03都市の中での“農”のリサーチ
一方で、都市の中で食の生産を行うために建築はどうあればいいのでしょうか。東京近郊で見られる“農”のための設えやそれらを支えるモノ・人のネットワークをリサーチし、記事にまとめました(LIXIL webコラム 循環型都市農業へのまなざし)4)。
これらの事例から、都市の中でみられる“農”の建築は、食糧生産を主目的としておらず、栽培過程や収穫によってコミュニティをつくり、コンポストのよって菌や人との循環を促し、雨水を有効利用するなど、自然と人の媒介となっていました。“農”の建築は、食の生産を支えながら、普段都市部では触れることがないネットワークを可視化していました。また、それらはコミュニティや用途、規模などによらず、多様な広がりを持つことも明らかになりました。
都市農業のモノ・人のネットワーク
深大寺ガーデンでのモノ・人のネットワーク
Eatrip Soilの屋上菜園:ハーブ類はワークショップなどに使用される
深大寺ガーデン:植物はガーデン内にあるMarutaで酒やお茶に使われる
04TOMIGAYA TERRACEでの挑戦
前述のリサーチから、都市における「農と建築を考える」ことは、身の回りにある自然との事物連関に目を向けた挑戦と捉え、TOMIGAYA TERRACEでは以下のことを実現しました。
①日照シミュレーションよる植栽選定
②鳥・蝶の調査による植栽選定
③雨の循環を促す 雨水蛇篭吐水口・レインスケープ階段
建築ができあがり、植物を触り、匂いを嗅ぎ、鳥や虫が見え、雨の流れが見え、音が聞こえるなど、身体を通した農の循環を実現することができました。そうしたことが価値となり、テラス面積(緑化+ウッドデッキ)も賃料に含めることができました。駅近+床面積で貸床価格の決まる不動産建築へのオルタナティブな解となっています。
私たちの身の周りにあるブラックボックス化した食の生産背景を建築が開くことで、人々が自然と触れ合える新しい風景をつくれるのではないでしょうか。
註2):『Foodscape フードスケープ: 図解 食がつくる建築と風景』, 正田智樹, 学芸出版社, 2023
註3):『人間は料理をする』, マイケル・ポーラン, 野中香方子, NTT出版, 2014
註4):『循環型都市農業へのまなざし』, 正田智樹, LIXIL webコラム 食と建築3, 2022
https://www.biz-lixil.com/column/urban_development/sh2_series_2_003/)4)。

正田 智樹
(設計部)