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ソリューション

久野病院

旧病院
 

久野病院

久野病院は神戸市西区で地域を支える118床の療養型病院です。
1981年に初代院長が急性期病院として創設。2000年に二代目院長によって慢性期医療にシフトされ、現在の医療機能の原型が整いました。
築30年以上が経過した既存病院の老朽化にともない、療養型病院の様々な課題を解決し、地域に根ざした医療を継続するため、三代目院長、副院長、理学療法士の三兄弟に、現地での建替計画が委ねられました。

新病院への課題と期待

久野病院では「みなさまの笑顔を求めて」を理念とし、患者さんの笑顔のために、安全で安心な医療を提供することを大切にしてきました。
患者さんの重症化(高い医療度)が進み、この病院で最期を迎える方が多い中で、患者さんに豊かな四季を感じてもらいたい、においのない快適な病院にして家族にも来てほしい、療養型病院を地域の方にもっと知ってほしい、という期待がある一方で、療養型病院の限られたスタッフや予算でどこまで対応できるのか、また市街化調整区域内で十分な床面積が確保できない中で何を優先して整備すべきかという課題を抱えながら計画はスタートしました。

 

 

 

新病院のコンセプト

新病院の計画にあたっては「患者の笑顔を最期まで支える」「多職種と家族によるチーム医療」をコンセプトに掲げました。限られた予算やスタッフ数で患者さんを最期まで支えていくためには、家族も一員となる療養型チーム医療が重要であると考えたからです。
そこで設計のテーマとして、患者さんが自然や原風景を感じられる環境を整えること、そして家族との時間を長く過ごせるように、お見舞いに来やすい環境を整え、家族がスタッフとともに患者を支えていく環境をつくりだすことを目指しました。
時には家族同士で励まし合い、助け合う関係も生まれるような環境づくりの実現に向け、建物だけでなく運用面でも細やかなフォローを行い相互に補完していくことを前提に話し合いを重ねていきました。

Concept 1 患者の笑顔を最期まで支える

スタッフステーションを中心とした看護動線を最短化する正方形の病棟

療養型病院では看護配置が20対1(患者20人に対して看護師が1人)と少ないため、正方形の病棟の中心にスタッフステーションを配置し、どの病室にもすぐに行くことができるように工夫しました。また患者さんの様態に応じた4種類の病室タイプを取り入れました。
 A:廊下から患者さんの様態が確認できるICUタイプ病室。  B:人工呼吸器がおけるようベッド周りを広くした病室。様態が安定しており室内での処置がしやすい形状。
 C:家族との時間を大切にしたい終末期の患者さん用にゆとりのある個室を用意。
 D:観察が必要な重症患者向けにスタッフステーションに面して配置した病室。

 
ICU型4床室
 

自然や原風景を感じられる雁行ICU型4床室

一般的な4床室では、窓側と廊下側の環境が大きく異なり、廊下側からは外の景色を眺めることができません。
この雁行ICU型4床室ではベッドが横並びになっていますが、壁を雁行させることでひとり一人に眺望を確保しながら、隣の患者との目線をずらすことでプライバシーも高める工夫をしています。
快適な場所を求めて自分で動くことができない寝たきりの患者さんでも自然や原風景を感じることができます。
またスタッフの視点でも、廊下側に2か所設けた出入口から病室内の観察がしやすく、ベッドでの搬送も容易に行うことができます。
ベッド回りにも十分なスペースを確保し、処置や介助の効率を高めました。

 

 

 

患者さんが自然や四季の変化を感じられる3つの中庭

病棟フロアには、モミジを設えた「赤のテラス」、水をイメージしたモザイクタイルの「青のテラス」、竹を設えた「緑のテラス」の3つの中庭を分散配置しました。それぞれ設えが異なり、四季の変化や自然を感じることができます。
寝たきりの患者さんでも特浴への移動時などに中庭を見ることでちょっとした散歩気分を楽しんでいただけます。

 

 

 

中庭でのコンサート

赤のテラスでは地元のブラスバンドを招いてミニコンサートも開催しています。外出が難しい寝たきりの患者さんにも音楽を楽しんでもらうことができました。

Concept 2 多職種と家族によるチーム医療

忙しく働くスタッフにこそ必要な環境整備

患者さんの療養環境が優先され、従来はスタッフのスペースは削られがちでしたが、少ない人数で患者さんを支えるスタッフにも快適な環境を整備していくことが、より良い医療を提供する上で重要であるという考えから、眺めの良い最上階にスタッフ専用の食堂や会議室を設けてリフレッシュできる環境を整備しました。また1階にはスタッフが子どもを預けられる託児室も整備しています。

 

 

 

快適で多様な家族の居場所の創出

旧病院でも、昼時になると見舞いに来たご家族が自動販売機の前のテーブルで弁当を広げて賑わう姿が見られることがありました。
新病院でも家族の多様な居場所を確保するため、施設基準上必要な病棟の食堂を分散して配置し、多様な居場所を創出しています。
開院後、見舞いに来る家族が多くなり、家族同士のコミュニケーションが広がっています。患者さんが亡くなられた後も、仲良くなった家族と話をするために訪れる方もいるそうです。

 

 

 

快適な療養環境を支える技術

身近に感じられるスタッフステーション

スタッフステーションと病室の間には柱や梁がなく、患者さんや家族がスタッフをより身近に感じ、気軽に話しかけられる距離感を実現しています。
便所や手洗を病室まわりではなく中央部の3か所にまとめて配置することで、外周部に床下りや水配管の貫通がなくなり、病室から廊下にかけて柱や梁が邪魔しない大きな空間となりました。空調計画の自由度や将来の更新性が高く、十分な天井高の確保や工期短縮につながっています。
また、耐震要素の大部分を外周部の扁平壁柱に負担させることで、中央架構部のプランニングの自由度が向上し、中庭の分散配置も可能になりました。

においのない快適な環境をつくる排気システム

旧病院では見舞いに来た子どもがにおいのために病院に入りたがらないこともあり、新病院では臭気対策を重要な課題としていました。
病室では、扁平壁柱を利用したベッドボードの中に排気チャンバーを通し、患者さんが気にならない足元から吸い込み、天井裏で外装サッシ上部から排気するシステムを全ベッドに導入しました。スイッチを押すと通常の4倍の風量で換気し、10分余りでにおいが消えます。
また病棟共用部のにおい対策は、汚物処理室や不潔リネン庫を集約し、専用の排気ダクトで屋上へ排出する計画とし、においがなく患者さんや家族にとって快適な施設を実現しました。

計画プロセスでの取捨選択と運用段階でのフォローアップ

容積と予算の制約の中でコンセプトを実現

本計画は市街化調整区域内での現地建替のため、既存建物の床面積を超えられない制約があり、1床当たりでは40㎡しか床面積が確保できませんでした。
比較的コンパクトな療養型病院においても、1床当り40㎡という床面積は最低限の水準であるため、設計過程では様々な選択肢を緻密に判断し、優先度の低いものは代替案や運用での補完を検討することにしました。
例えば、霊安室をとりやめて個室で対応すること、病棟の食堂もニーズの高い家族の居場所を兼ねて使えるようにするなどの工夫により、すべての病室で8㎡以上の病室面積を確保し、託児室やスタッフスペースなども充実させることができました。

 

 

 

竣工2年目に設計コンセプトを再共有

開院後、建物が意図した通りに十分に活用されているか確認するため、竣工後2年目に、院長、事務長同席のもと、スタッフと計画時の設計コンセプトをあらためて共有するワーキングを開催しました。

 

 

 

小規模改修により業務効率をさらに向上

ワーキングでは、病院スタッフ、設計者の双方に様々な気づきがありました。例えば病室では夜間巡回のとき、患者さんの頭上の照明をつけて確認する必要があり、睡眠中の患者さんにはまぶしいという意見がスタッフから出ました。そこで廊下側のダウンライトを調光付きに変更し、患者さんの頭上の照明をつけなくても良いように改善しています。

 

 

 

想いを未来につなげるコンセプトウォール

1階外来の壁面には病院関係者と設計者が新病院に込めた想いを表現したコンセプトウォールを設置しました。患者さんの家族に病院のことを理解してもらう、採用面接で訪れたスタッフにも病院の考え方を説明するなど、様々な場面で活用されています。
建設時に関わった人だけでなく建物を使うすべての人に、病院づくりへの想いが風化することなく引き継がれていくように、このコンセプトウォールが役立つことを願っています。

 

 

 

皆様の笑顔を求めて

久野病院は1981年に初代院長により急性期病院として創設。二代目院長により2000年に慢性期医療にシフトされ、現在の医療機能提供の原型が整った。現在は三代目院長として医療に勤しんでいる。祖父、父へと受け継がれ、人材育成を通じて慢性期医療のソフト面は少しずつ熟成され、利用者からの医療機能に対する評価が高まった。
 当初、療養型病床群は「患者の療養環境」とリハビリによる「機能回復」に重点がおかれた制度設計であった。しかし診療報酬制改定に伴い患者はコミュニケーションを図ることが難しいほど重度化している。療養型の病院に対する地域の理解は少なく、また老朽化した病院の外観から『久野病院に一度入ったら退院できない』と噂されることもしばしばあった。こうした地域住民がもつイメージはスタッフの頑張りだけでは抗うことができなかった。
 そんな折、先代院長の父から私たち兄弟(現院長、副院長、理学療法士)に、次代を担う者として、将来の病院のあり方の再構築(ソフト)と病院施設(ハード)の建替えの推進が託された。
久野病院では他の病院では受け入れにくい医療度の高い患者を受け入れている。そのような患者に接して、治癒をゴールとできない医療の提供には「患者の療養環境」「機能回復」ではない何かが必要だと感じていた。
 そのころ大阪にある療養型病院を見学し、そこの理事長の話を聞く機会があった。「当院では患者の重度化が著しく話し掛けても反応がない。またこの年代は親子関係が良好とは限らない。そんな中で、談話室に飾られた昭和のポスターを見て、息子さんがふと大阪万博に連れてもらったことを思い出し、『あの時は親父ありがとう』とつぶやく。それを聞いたお父さんが心なしか微笑んだ。そういう場を作りたい。人間最後は家族との心の通い合いが大きいんだ。」と話した。
われわれ医療従事者ではできないことがある。そこで家族にきてもらって一緒にケアをしてあげてほしいと思った。そこで、『最期のときまで患者の笑顔を支え、家族も一員となる療養型チーム医療』を建替計画のコンセプトに掲げた。
 こうしたコンセプトの実現に向けスタートを切った。しかし、敷地の規制から40㎡/床しか面積を確保できない。最近の慢性期病院が45~60㎡であるのに対し制約が大きい。療養病床で離床効果などに評価の高い各室便所は、利用できる患者が少ないため採用せず、3か所をタイプ別の病床に面して分散配置している。
 設計時、スタッフの意見を吸い上げ、設計者と議論し、ひとつずつ建築を組み立てていった。しかし、その思いは時と共に風化していく。そこでエントランスホールにコンセプトウォールを設け、病院の想い、設計者の想いを描いた。家族への入院時にはこれを用いて説明しており、病院と家族、そして地域をつなげる入口になっている。

医療法人社団 薫英の会 久野病院 理事長・院長 久野 英樹 様
建 築 地 兵庫県神戸市
建築主 医療法人社団 薫英の会 久野病院
用途 病院(医療療養病床)118床
構造 RC
階数 地上4階
延床面積 4,704㎡
工期 2014年4月~2015年3月
設計施工 竹中工務店
受賞 医療福祉建築賞2017