甲南医療センター
甲南医療センター

甲南医療センターは、1934年に「甲南病院」として神戸市東灘区に誕生しました。創設者・平生釟三郎氏の理念を礎に、以来長年にわたり急性期の基幹病院として地域医療を支え、住民の健康と安心を守り続けている病院です。

創設者 平生釟三郎氏の言葉

人類の生存を脅かし、幸福を覆すものの一つに病気があります。病気は何人も避けることのできないものであるだけに、病みて十分の治療を受けられる病院が必要であります。
ここに我々は、人類愛の精神に基づき、共存共栄に助け合って行きたいものと考え、あらゆる点において病人を本位とした「悩める病人のための病院たらん」ことを切望し、甲南病院を設立したものであります。

創設当初の旧本館は、建築家・木下益次郎の設計による初期のモダニズム建築として知られていました。そこには常蓄電装置や看護婦呼出装置(ナースコール)といった、当時の病院としては先進的な医療設備が備えられており、時代を先取りする存在でもありました。

創設当初の甲南病院の様子(昭和9年開院記念誌より。緑豊かな周辺環境、旧本館、手術室、病室)

その後も甲南病院は、時代の変化に応えながら増改築を重ねていきます。医療の進歩や患者のニーズの多様化に柔軟に対応してきた一方、旧本館が築80年を迎えようとする頃には、老朽化や狭隘化が深刻な課題となり、診療への影響も避けられない状況に直面しました。
そして2013年、ついに新たな一歩が踏み出されます。全面的な建替えに向けたプロジェクトが始動したのです。約10年という歳月をかけて進められたこの計画は、地域医療を永続させるための大きな挑戦でもありました。
ここではその歩みとともに、生まれ変わった「甲南医療センター」の姿を紹介します。

整備前の甲南病院と整備後の甲南医療センターの航空写真比較

新病院の課題とミッション

立ちはだかる現地建替えの課題

病院が位置する東灘区は、六甲山系から大阪湾へと続く傾斜地に市街地が広がる地域です。とりわけ病院の敷地は閑静な住宅地に囲まれた山麓にあり、風致地区や高さ制限などの法・条例・規制に加え、敷地内には約20メートルの高低差や水路がありました。
こうした厳しい条件のもと、診療を継続しながら現地で建替えることは極めて困難と考えられ、当初はこの地での建替えを諦め、移転することも検討されました。しかし、平地の少ない東灘区では医療圏内に適した移転先が見つからず、最終的に「現地建替え」という決断に至ります。
一般的な病院の移転新築では、低層部に外来や診療機能、高層部に病棟を積む「基壇型」が多く採用されます。しかし敷地条件が厳しい今回の場合、傾斜地で高さを抑えつつ建替えるため、パズルを組み合わせるように機能を分散配置することが求められました。
さらに系列病院との機能分化により、病床数は380床から450床規模にまで増床。急性期医療機能の強化も前提となり、必要な延床面積は整備前の約1.5倍にのぼると試算されました。
限られた敷地の中で、いかに機能を最大化し、効率的な動線を実現するか――それは設計を進めていく上で大きな課題でした。

六甲山系背後の敷地と、基壇型・傾斜地建替えの配置比較図、延床面積の推移を示すグラフ

ミッションと4つの成果

それでもなお、この地で診療を続けることは病院にとって重要なミッションでした。長年親しまれてきた場所で、患者に寄り添い続けるため、工事中であっても稼動を止めることなく計画は進められていきます。移転新築のように同時にすべてが新しくなることはありませんでしたが、病院を中心に多くのステークホルダーの想いと力が重なり合い、着実に一歩ずつ前進していきました。そこでプロジェクトを成功に導いた4つの成果を紹介します。

プロジェクトミッションと4つの成果を示すインフォグラフィック

①地域ニーズに即した診療機能の拡充

"バリアフリー回遊動線"による利便性・効率性の向上

整備前の病院は、敷地内に複数の棟が分散しており、それらを結ぶ経路には多くの段差があるうえ、移動距離も長く、患者やスタッフにとって大きな負担となっていました。さらに、自家用車で来院する人が多い立地でありながら、駐車場は慢性的な不足状態にあり、利便性の面でも課題を抱えていました。
そこで新病院では、メインのアプローチ階である3階に"バリアフリー回遊動線"が計画されました。段差のない動線が各棟を繋ぐことで、患者さんの移動や物品の搬送等がスムーズになり、建物全体の構成を直感的に理解しやすい空間が生み出されました。

3階に計画されたバリアフリー回遊動線を示す施設配置図

高低差を活かした機能配置による動線分離・療養環境の向上

また、敷地の高低差を活かした断面計画により、機能ごとの動線分離と快適な療養環境を実現しました。駐車場はB1F〜1Fに配置することで、院内直結の利便性の高い駐車スペースを十分に確保することができました。

地下2階から7階までの部門配置を示す断面図

建築空間においては、過大なボリュームや吹抜を避けた「ヒューマンスケール」と、「自然や緑とのつながり」が大切にされました。それにより、日常の延長にあるような親しみや安らぎを感じられ、六甲山麓の豊かな緑や眺望を最大限に享受できる療養環境が実現しました。

  • 緑を感じられる外来待合
    緑を感じられる外来待合
  • 落ち着きのあるインテリアの病室(1床室)
    落ち着きのあるインテリアの病室(1床室)
  • 木造をとり入れた血液浄化センター
    木造をとり入れた血液浄化センター
  • 眺望の良い病室(4床室)
    眺望の良い病室(4床室)
  • バリアフリー回遊動線にある吹抜け階段
    バリアフリー回遊動線にある吹抜け階段
  • 山と海をのぞむデイルーム
    山と海をのぞむデイルーム

建替えによる診療実績への寄与

こうして進められた建替えは、医療の質と量の双方に変化をもたらしました。
整備により病床数が増加し、診療機能が拡充されたことで、受入れ患者数は大きく伸びていきます。救急搬送の受入件数は整備前の約6.9倍に、手術件数も約2.1倍に増加しました。産科や小児科といった地域に不可欠な医療機能を強化しつつ、より幅広いニーズに応える体制が整えられていきました。

②建替え工事中の診療の継続

工事中の診療の継続と、早期の工事完了は施工者に課せられた課題のひとつでした。約7年におよぶ工事は、騒音や振動、粉塵、臭気といった診療への影響に細心の注意を払いながら、慎重かつ着実に進められていきます。

病院機能を維持するための工夫は多岐にわたりました。部分的に解体した既存棟の内部には仮設の手術室や透析室が設けられ、プレハブには医局や会議室が設置されました。さらに、法人機能を一時的に敷地外へ移転するなど、限られた条件下で診療を継続するためのあらゆる方策が尽くされました。

長い工事の間には、4度の診療報酬改定や新型コロナウイルスによるパンデミックなど、社会情勢の大きな変化にも直面しました。そのたびに計画は見直しを余儀なくされましたが、病院・設計者・施工者が緊密に連携し、最善の判断を重ねることで、プロジェクトは歩みを止めることなく進められました。

既存棟の解体と新病棟の建設が並行して進む工事現場の様子
Ⅰ期工事中の様子
2015年から2022年までの建替え工事の歩みを示す年表

③親しみあるデザインと記憶の継承

長年親しまれた旧病院の意匠の継承

こうして機能面の刷新が進む一方で、もうひとつ大切にされたものがありました。それは、長年地域に親しまれてきた「記憶」を未来へ引き継ぐことです。
かつての甲南病院には随所にモダニズムの意匠が施され、阪神間の山手に暮らす人々にとっては、単なる医療施設を超えた親しみ深い場所でもありました。
新病院の設計においては、機能拡充を図りながらも過度なボリュームを避け、「レトロモダン」というコンセプトのもと、人にやさしいヒューマンスケールの空間が丁寧に組み立てられています。当時の雰囲気を彷彿とさせるインテリアが、今も利用者にやすらぎを与えています。

総合待合と病棟廊下の創設時と整備後の比較写真

外壁には旧本館を想起させるタイルが採用され、訪れる人々が自然と懐かしさや安心感を覚えるよう配慮されています。

旧本館タイルと新病院タイルの比較、および新病院外観写真

リデザインによる記憶の継承

創設当初から親しまれてきた照明器具は、現代の技術によって再利用され、新たな姿で空間に息づいています。また正面玄関には、旧本館の外観と時の流れをモチーフにした記念モニュメントが設置され、訪れる人々を静かに迎え入れながら、その歴史を語り継いでいます。

既存照明器具から再生された照明器具への変化、整備前の正面玄関、および記念モニュメント

④安心して暮らせる地域への貢献

建替えにより、これまで以上に公益性の高い医療を提供できるようになった甲南病院は、行政許可を受けて「甲南医療センター」へ改称し、新たな歩みを始めます。21万人を超える人口規模をもちながら、公立病院が1つもない東灘区において、唯一の急性期病院として、より一層その役割を広げていきます。
建替えにおいては、周辺地域の自然環境への配慮も徹底されました。風致地区としての景観維持のため、敷地内の保存樹木に影響のないよう工事計画が立てられました。特に樹齢約200年の楠木の保存にあたっては、建物形状自体を工夫した上で慎重に工事が進められました。中庭や屋上テラスにも植栽を整備することで、利用者が緑豊かな自然環境を身近に感じられるような病院になりました。
また従来、幅員が狭く交通量が多いため危険の多かった病院前の車道には新たに歩道が新設されました。来院者だけでなく、地域住民にとっても安心して暮らせる住環境が整っていきました。
加えて、地域の医療人材育成や住民の疾病予防を目的とした取組みも進められ、2018年には「東灘次世代医療人材育成コンソーシアム」が設立されました。現在は、甲南会のほか、医師会・大学・行政がそれぞれの特色を活かしながら連携し、多面的な活動を推進しています。
甲南医療センターの理念は、自院の整備にとどまることなく、地域全体に展開されているのです。

工事中に保存された楠木、新設された歩道の地図、東灘次世代医療人材育成コンソーシアムの関係図

次の100年に向けて

医療福祉建築賞2025を受賞

甲南医療センターは2025年医療福祉建築賞を受賞しました。日本医療福祉建築協会(JIHa)が主催する当賞では、デザイン性のみならず、利用者の快適性やスタッフの使い勝手といった視点もあわせて、総合的な評価が行われます。
「器」としての建築と「中身」である医療機能との調和、そしてそこにいたるプロセスが評価されたことは、作り手の想いがかたちになった結果であり、これから利用される方々にとっての安心や快適さにつながっていくことが期待されます。

甲南病院から甲南医療センターへ

1934年の創設から、時代を越えて歩み続けてきた甲南病院。その歴史は今、「甲南医療センター」として新たな章を迎えています。
2034年には、いよいよ創設100年という節目を迎えます。しかし、その歩みは決して現状にとどまるものではありません。
「心の深くに届く、患者本位の医療を追求する」
この理念を胸に、甲南医療センターはこれからも、地域の人々が安心して健康を託すことのできる存在として、次の100年へと歩み続けていきます。

医療福祉建築賞2025の受賞メダル
医療福祉建築賞 賞牌
完成した甲南医療センターの全景(空撮)
建築概要
建築地 兵庫県神戸市
建築主 公益財団法人 甲南会
用途 病院
構造 RC造、S造、木造
階数 地下2階、地上7階、塔屋1階
延床面積 43,153㎡
工期 2017.3〜2022.7
設計施工 竹中工務店
受賞 医療福祉建築賞2025